読了

後藤明生 『日本近代文学との戦い』(柳原出版)

表紙自体に遺稿集の文字はないが遺稿集。四十歳前後の写真しか見たことがなかったので、巻頭に付されたいかにも老人めいた晩年の写真を見て、こりゃ確かに晩年だわ、と変に納得するところがあった。しかし文章自体には晩年にあるという印象はまったくない。…

後藤明生 『円と楕円の世界』(河出書房新社)

後藤明生初のエッセー集。小説以外の文章を「エッセー」という言葉でひとくくりにしてしまうのは乱暴なような気がするのだけど、他に適切な言葉も思い浮かばない。 「楕円」というのは自分と他者と二つの中心により世界を認識しようとする後藤明生が武田泰淳…

天沢退二郎 『オレンジ党と黒い釜』(筑摩書房)再読

「黒い魔法」の力を利用しようとする「古い魔法」使いである源先生と「時の魔法」に属するオレンジ党の子どもたちとの戦い、と今読んでもなんともややこしい。オレンジ党と黒い釜 (fukkan.com)作者: 天沢退二郎,林マリ出版社/メーカー: ブッキング発売日: 20…

後藤明生 『謎の手紙をめぐる数通の手紙』(集英社)

短篇集。表題作となっている「謎の手紙をめぐる数通の手紙」では珍しく冒頭から明確な「謎」が出てくる。後藤明生が扱う「謎」は、何気ないところからまるで手品のように引っ張り出されてくる「謎」が多いので、これはちょっと意外だった。わかりやすく謎め…

後藤明生 『汝の隣人』(河出書房新社)

全編イニシャルだらけで、どう考えても作者自身である人物もGと呼ばれる。先輩作家Kは小島信夫で、対談相手の女流作家Kは同年配とあるから、多分倉橋由美子なんじゃないかと思う。金井美恵子だと後藤明生より年下で、河野多恵子だと年上になる。女流作家…

後藤明生 『分別ざかりの無分別』(立風書房)

初期のエッセー集。飛騨に行けば、『高野聖』の話になり、佃島に行くと『墨東綺譚』へと脱線する。小説として書かれていないはずなのにどこか小説めいてくる。自分の身辺を題材としても小説が私小説化することのない後藤明生の場合、エッセーも自然と小説に…

天沢退二郎 『ねぎ坊主畑の妖精たちの物語』(筑摩書房)

1994年に刊行されたもので今回が初読。 相変わらず不思議というか不気味なファンタジーなんだけど、ユーモラスでもあって、「グーンの黒い地図」に出てくる出目金少女隊とか思わず笑えてしまう。ねぎ坊主畑の妖精たちの物語作者: 天沢退二郎出版社/メーカー:…

後藤明生 『小説の快楽』(講談社)

後藤明生生前に刊行された最後の本。 タイトルにもなっている「小説の快楽」で芥川竜之介の『芋粥』と宇野浩二の『蔵の中』がゴーゴリの『外套』を挟んで繋がることを示し、小説が、小説を読んで書かれたものであることを解き明かすくだりは後藤文学のエッセ…

天沢退二郎 『オレンジ党、海へ』(筑摩書房)

『オレンジ党と黒い釜』、『魔の沼』と続いた「オレンジ党」シリーズ(一応の)完結編。地元の図書館には『魔の沼』までしか置いてないので子どもの頃にも読んでいないはず。あるいは小学校の図書館で借りて読んでいたかもしれないが、記憶は定かじゃない。 …

後藤明生 『使者連作』(集英社)

書簡体の九編からなる連作で、実名があがられている人物が実在するのは確認出来たけれど、イニシャルだけの人物は実在するかどうかわからない。 手紙はすべて韓国旅行中の体験に関するもので、後藤明生と韓国はいささか複雑な関係にある。後藤明生は日本統治…

後藤明生 『眠り男の目』(インタナル出版)

追分での『挾み撃ち』執筆の様子をつづった「作家ノート」。作者自身も書いている通り創作ノートではなくて、生活雑記のようになっている。小説が随筆に近づいている作家は結構いるが(私小説家の晩年など特にその傾向がある)、後藤明生の場合、エッセーが…

後藤明生 『蜂アカデミーへの報告』(新潮社)

岩井氏とのが蜂談義をそのまま後藤明生の自説解説みたいになっていて、井伏鱒二の『スガレ追ひ』に対しての「このウソかホントか、すれすれの境界。ウソでもありホントであるところの境界。その境界が、この小説の妙味ですな」という言葉は、そのままこの小…

天沢退二郎 『乙姫様』(青土社)

詩集なのだけど幻想的な掌編集として読んでしまう。小説的な散文詩と詩的な小説の差はまるで曖昧としていて僕にはほとんど区別がつかない。小説家が書いていれば小説で、詩人が書いていれば詩ということなのだろうか。 廃船になった潜水艦の地下街にマスクを…

奥泉光 『モーダルな事象』(文藝春秋)

これは傑作なんじゃないか、と途中までは思っていたもの、元夫婦刑事パートがミステリとしていささか退屈で(人物描写は楽しいのになぁ)、手掛かりを拾い集めるためだけに全国を移動しているようで、出来の悪いRPGのアイテム探しのごとくになってしまっ…

ジェラルド・カーシュ 西崎憲 他訳 『壜の中の手記』(晶文社)

出来の良い短篇集だと思った。だだ、すんなりと受け入れることの出来る既存のパターンを上手に組み合わせたものを出来が良いというように感じるのであり、安心して読め、腑に落ちる度合いが高ければ高いだけ、似たようなものを読んだことがあるような気にな…

押井守 『Avalon 灰色の貴婦人』(メディアファクトリー)

映画『Avalon』の後日譚というよりか、主役を変えての同じ物語の反復。自室で飯を食うところぐらいから主人公が千葉繁に思えてくる。 まぎれもないウィザードリィ小説であるのだけど、それ以上に銃火器の描写が凄まじく、だいたい三分の一くらいは銃火器の描…

岡田淳 『ようこそ、おまけの時間に』(偕成社)再読

久しぶりの再読で、初読時の気持ちを懐かしみながら読んだ。十二時の直前に鉛筆をカッターナイフに持ち替えたり、「おまけの時間へようこそ」という校内放送が突然流れたりしないだろうかと思ったりしたものだった。当然のことながら、当時読んでいた本の中…

岡田淳 『選ばなかった冒険 ―光の石の伝説―』(偕成社)

岡田淳meetsウィザードリィ的迷宮児童文学。 「選ばなかった冒険」というタイトルの通り主役の二人が能動的に動き回らないので物語的盛り上がりに欠けるのがちょっと残念な点で、もう少し分量があってもよかったんじゃないかな、と思うのだけど、一冊に収め…

マルセル・プルースト/鈴木道彦訳 『失われた時を求めて 3 第二篇 花咲く乙女たちのかげに Ⅰ』(集英社文庫)

一冊挟んで今月二冊目の『うしとき』読了。他にも色々併読していたので『うしとき』ばかり読んでいる感覚はあまりなかった。ところで『うしとき』って結構使われそうで使われてない略称だよね。仏文科の学生が使ってたりしないやろか。 前巻では見られなかっ…

野矢茂樹 『哲学の謎』(講談社現代新書)

「意識と実在」の問題や「時の流れとは?」といった根源的な問いかけと思索が平易な言葉でなされているのだけど、どうせならば、「明確な答えがあるわけでないことを直感しながら、何故形而上学的な問いかけを人は行ってしまうのか」ということも考察して欲…

大石真 『教室二〇五号』(講談社文庫)

『電脳コイル』のおかげで自分の中で児童文学ブームが起こってます。 受験戦争とか鍵っ子とか交通事故とか高度成長期の真っ向ストレートな児童文学。勝手にファンタジーの要素があるはずと思っていたのにファンタジー要素は欠片もなかったのだけど、家出とい…

マルセル・プルースト/鈴木道彦訳 『失われた時を求めて 2 第一篇 スワン家の方へⅡ』(集英社文庫)

第一篇第二部『スワンの恋』は語り手である「私」の直接的な見聞を離れて、三人称的に書かれているのに、この中にも時折「私」が顔を出していて、私見を述べていたりする。『失われた時を求めて』全体があくまでこの「私」により書かれているとすると、この…

筒井康隆 『文学部唯野教授のサブ・テキスト』(文春文庫)

唯野教授は論文にてフォークナーを多く取り上げていて、日本の長編ベスト5に藤枝静男の『田紳有楽』がはいっていたりする。「サブ・テキスト」とあるけれど、ほとんどおまけといった感じであまり内容があるようには思えない。もうちょっと何か詰め込めんで…

小林恭二 『悪夢氏の事件簿』(集英社文庫)

悪夢しかみない「悪夢氏」に、へんてこな泊まり客ばかりのオンボロホテル「アカギホテル」というのも魅力的な設定で、続編があるなら読んでみたいと思う程度には面白いのだけど、「悪夢氏」が悪夢しか見ないという設定が実はストーリーにまったく絡んでこな…

大石真 『チョコレート戦争』(講談社文庫)

表題作『チョコレート戦争』ほか、『見えなくなったクロ』『星へのやくそく』『パパという虫』の短編三編を収録。 『チョコレート戦争』は子どもの時に読んでいるのだけれど、今回読み返してみると、あら、こんな程度だったかな、というちょっと肩すかしな印…

天沢退二郎 『光車よ、まわれ!』(ブッキング)再読

児童文学表ベストが『扉のむこうの物語』ならば、裏ベストは間違いなくこの『光車よ、まわれ!』で、上野瞭の『ひげよ、さらば』と並んで、二大トラウマ児童文学となっている。 日常に非日常が重なっていき、得体の知れない何者かに狙われながらも、子どもた…

町田健 『ソシュールと言語学』(講談社現代新書)

ソシュールの言語学についての理解は確かにある程度深まったけれど、それ以上に感じたのは「コトバがなぜ通じるのか」というこのごく基本的な問いかけすら、現在の言語学では、論理的に実証出来ないという「コトバ」のやっかいさだった。あと恣意的で、線状…

岡田淳 『扉のむこうの物語』(理論社)再読

昨日自分で書いていて読みたくなってしまったので読む。何度読んでも楽しい。まだ読んだことがなく、児童文学を読むのに抵抗がない人には是非ともお勧めしたい。あるいはお子さんと一緒に読んで欲しい。 今回初めて気がついたのだけど、最後の一行でふいに視…

廣野由美子 『批評理論入門』(中公新書)

小説技法の紹介と批評理論の紹介の二部に別れていて、どちでも『フランケンシュタイン』一作のみが用いられているので、取り上げる項目ごとに作品を変えるような煩雑さがなく、詳細に取り上げられているので、実際に『フランケンシュタイン』読んだことがな…

竹田青嗣 『現代思想の冒険』(ちくま学芸文庫)

マルクス主義以降の現代思想の行き詰まりを示しておいて、そこから近代思想に立ち戻り、ニーチェ、キルケゴール、現象学、バタイユを援用して、現代思想の行き詰まりをある程度認めた上で、その打開策を探る、とおおざっぱに理解出来たことを書くとこうなる…