私小説家

ブックオフで五十円で投売りされていた『日本文學全集 33 瀧井孝作 尾崎一雄 上林暁 集』(新潮社)を買ってくる。『空気頭』の冒頭に、

 二十代の終わりころ、瀧井孝作氏を訪問すると二、三百枚の本郷松屋製の原稿用紙を私の前に置いて「これに小説を書いてみよ」と云われたことがあった。そして「小説というものは、自分のことをありのままに、少しも歪めず書けばそれでよい。嘘なんて必要ない」と云われた。私は有難いと思ったが、もちろん書かなかった。そのころの私には、書くべき「自分」などどこにもなかったから、書きようがなかったのである。

とあるように瀧井孝作は、志賀直哉とともに、藤枝静男のお師匠にあたるような小説家で、尾崎一雄も、藤枝静男の随筆の中に何度か名前が出てくる小説家である。上林暁という小説家のことはまるで知らない。「作家」ではなくことさら「小説家」という言葉を使うのは、藤枝静男が、「作家」という言葉は好かないということを随筆に書いていたからで、つまり藤枝静男のまねっこをしているのである。そういうお年頃なんである。