シンクロニティ

藤枝静男のことをぼんやり考えながら、なんとはなしに手にとった蓮實重彦の『反=日本語論』を無造作に開くと、ちょうど藤枝静男のことが書かれていたのでびっくりした。それだけでなく、その僕が目にしたページのなかで、蓮實重彦藤枝静男に関する文章を書き綴っていると、机上の電話が鳴って、藤枝静男谷崎潤一郎賞を受賞した、との知らせが親しい編集者からもたらされたことが書かれていて、偶然が三つ重なったような具合で、さらに驚いてしまった。
蓮實重彦と編集者の二人は、藤枝静男の受賞を喜びながら、「これを機に、あれほど絶版が続いて読むのがむずかしかった藤枝文学が、とうとう読者の前にいかにもたやすく投げだされてしまうことを、二人してそれと口にはせずに惜しんでいる」のだが、藤枝静男谷崎賞受賞は、一九七六年のこと(『田紳有楽』)であるから、丁度、三十年前のことで、三十年経った今、藤枝静男は読者の前にたやすく投げだされていない状態に逆戻りしている。しかし、当時にはなかったネット古書店などの存在によって、読もうとする意思のある者には、当時より手に入りやすくなっていて、この状態は、需要と供給が丁度釣り合ったよい状態なのではないか、と思う。そういった意味で、入り口として講談社文芸文庫が存在していることがありがたい。