朝からいくつも電車を乗り継いだのと、暑さのなか、何年も履いているのにいまだ履き慣れた感じのしてこない革靴で歩き回った所為で、帰りの電車に乗る頃にはかなりくたびれていたのだけれども、世の中には僕などよりよほど疲れている人が多いらしく、僕の両脇に坐った二人が二人ともこっくりと船を漕ぎだして、これまた二人して僕の方に首を傾けてくるような具合で、こちらに触れそうになる手前で、ピクリと身を持ち直すのがおかしく、なるべく邪魔にならぬように身を縮こめて、膝の上の鞄を正したところで、一匹の虫が鞄にへばりついていたのに気がついた。一体いつからそこにいたのか。コガネムシの一種だかなんだか、脚と触覚に揃いの白のラインが一本入ったのが印象的な小指の先ほどの小さな虫で、見られているのに気づいたわけではないだろうが、鞄の縁にそってカサコソしていたのが、直にピタリと動かなくなった。弾いたり払ったりして、車内に放つのも何だか悪い気がして、なるべく動かないようにしようと更に身を縮めて、三方周囲をグルリと固められてしまった、と苦笑するような心地になって、しかし実際にはただじっと名も知らぬ小さな虫を見つめ続けた。