抜歯日記

親知らずを抜いた。コンタクトを新しくする際の眼科の検診以外で医者にかかるのは、十数年ぶりのことだと思う。丈夫な身体とはとても言えず、疲れやすく、ちょくちょく風邪などひくわりに、病気らしい病気はせず、怪我もしたことがなかったのだ。抜かなければならぬほどひどくなるまで放置していたのは、明らかに穴が開いているの関わらず、不思議と痛くなかったのと、生まれてこの方虫歯がなかったので、自分が虫歯になったことを認めたくなかったため。一週間ほど前から食事時に痛むようになってきたので遂に年貢の納め時と相成った次第。
抜いた親知らずは貰ってきたのだけれど、自分の口腔に収まっていた時と明らかに色が違っていて、普段意識することはなかったのだが(だから虫歯になる)歯も生きているのだなということを実感し、今目にしているこれは小さな死体なのだと思う。しかし不思議だったのは抜いた歯よりも歯肉にぽっかりと開いた穴のほうで、抜かなければならないことは医者に行く前から十分承知していたはずなのに、抜いた後のことはまるで考えておらず、鏡に向かって口をあんぐりと開け、血の滲むその穴を飽きもせず何度も見たりした。数日でかさぶたが出来、やがて骨も出来るという医者の説明も不思議で、ちゃんと歯が抜けたことをわかっておるのだな、と人体のメカニズムに改めて感心したりする。もしかしたら僕より身体のほうが賢いのではなかろうか。