藤枝静男 『石心桃夭』

新聞雑誌等に発表された随筆を集めた随筆集。私小説家が書く小説と随筆は区分が難しいと思うも、これは随筆集と名うたれているのだから、随筆集でいいのだ。『両方贋物』『眼鏡のツル』『梅干し』など思わず声を出して笑ってしまいそうになるような愉快なものが多く、というか、そのようなものばかり。静岡新聞に発表された『睡蓮の葉に油虫 退治法知りたい』と題されたものなど、このタイトル通りのもので、おそらくは四季について何か書いてくださいとかなんとかそのように請われて書かれたものなのだろうけど、それがこのようになって、担当者は面食らったことだろう。あるいは逆に可笑しくて、してやったりと喜んだかもしれない。それを想像するとまた楽しい。
歳を取って物忘れが激しくなったことを愛嬌にして殆ど滑稽譚のように書かれたものが多いのだけれど、そのようなものを読むときにも、藤枝静男が晩年、家族の顔も自分が小説家であったこともわからなくなってしまっていたと聞き及んでいるだけに、物悲しさが勝手に加わってしまって、不思議な愉快さがあった。私小説を追求した作家が、晩年、「私」をなくしてしまったのは、皮肉なのか当然の帰結なのか。それは知らない。


偶然だけれど、この『石心桃夭』と平行して読んでいた、後藤明生大江健三郎井上光晴の名前が全部出てきて、偶然が重なると、「これは何かの意味深い暗合に違いない」と思う人なので、変に楽しかった。三人とも見事に名前が出てきたというだけなんですけど。
藤枝静男の著作の多くは絶版状態にあって、実に勿体無いことだと思う。