藤枝静男 『ゼンマイ人間』

『虚懐』に収録されている『ゼンマイ人間』を読み終えて、ふと巻末の初出と見てみたら、昭和五十五年一月号の『群像』に発表されたものだった。『ゼンマイ人間』の前に収められている『みな生きもの みな死にもの』は昭和五十四年の二月号に発表されたものだった。この間に僕は生まれている。『みな生きもの みな死にもの』が発表された時、僕はまだ母親の胎内にいて、『ゼンマイ人間』が発表された時には、おしめなど巻かれていた。だからどうというわけではないのだけれど、不思議な感じがした。この時すでに自らの老いを感じ、死を思っていた藤枝静男は平成五年の四月に八十五歳で亡くなるのだから、なお十年以上生き続けていたことになる。そのことを僕は知っているのに、藤枝静男は知らなかったのだというのがまた不思議に感じられる。
母方の祖父がこの四月にちょうど八十五歳になったのだけれど、病気一つせず矍鑠としていて、僕など顔を合わす度にしかられてばかりいる。しかられるのだけれど、その都度お小遣いをくれる。祖父の母は九十八、祖父の父は九十六まで生きていたので、祖父もまだまだ長生きすると思う。祖父の妻、つまり僕の祖母は五十になる前に死んでいるので、その血を引く僕は早死にするかもしれない。
藤枝静男の著作はこの『虚懐』が最後で、これ以降、新しい著作はない。