黒井千次 『隠れ鬼』(新潮社)

1981年から1983年の間に発表された短編を集めた短編集。1984年発行。
『失うべき日』に収められた短編のいくつかは、あまりに僕の好み通りに展開していくので、少し物足りなく思ったりしたのだけれど、この『隠れ鬼』では、『男の車』だけが、結末がやや安易であるように思えたぐらいで、その他ではどれもこちらの予想がよい方に裏切られ、とても面白く読めた。
表題作となっている『隠れ鬼』では、その題名と、冒頭の「夜の食事が終ると妻は家出をした」という一行から、妻をアレコレと探しまわるのだが、何故だか探すのは、いそうもないようなところばかりで、暗闇の奥から「まぁだだよ」とかすかに声が聞こえてくるのだけれど、結局見つけることは出来ず、探しつかれて眠りこけてしまい、ふと目を覚ますと、当たりまえのように妻が台所に立って朝食の準備をしていて、「あら、今日は随分と早いのね」と言うところで終わる、そんな展開が、ぱぁっと頭に浮んできたりしたのだけれど、息子と一緒にわずかばかり家の中を探しただけで、家出した妻の視点に切り替わり、三人称で書かれているのだから、別に視点が変っても別におかしくないはずなのに、ひどく驚いてしまった。その後の展開もこちらの予想外のことばかりで、唐突のように始まる妻との尻取りも、お互いの言葉から隠れた繋がる言葉を探しあうというそれは、つまりは隠れ鬼ではないか、とひどく感心してしまった。
特に気にいったのはこの表題作『隠れ鬼』と、タクシーの運転手とのやりとりに終始する『知らない顔』の二編。これからも黒井千次をどんどん読んでいきたいと思う。