後藤明生 『しんとく問答』(講談社)

掲載誌が『新潮』と『群像』とにわかれているから、はっきとした連作とはいえないのかもしれないが、後藤明生の大阪生活で括れる作品群であり、『大阪城ワッソ』以降は、「俊徳丸」をめぐる連作だといえる。「『芋粥』問答」のみ大阪とも『俊徳丸』とも関係がないが、芥川龍之介の『芋粥』を、原典である『今昔物語』と『宇治拾遺物語』と比較していく話であるから、謡曲『弱法師』(「俊徳丸」)説経節『信徳丸』小説『身毒丸』と繋がっていく『大阪城ワッソ』以降の流れに通じるし、後藤明生の小説を読む上で重要な「尾籠なる興味」についても触れられているから意義深い。そうしてみると、大阪での話ではあるが、「俊徳丸」と関係してこない『マーラーの夜』のみが『しんとく問答』という書名に相応しからぬということになるかもしれない。いや、しかしアミダクジの出発点としてはこれでいいのかもしれない。
近鉄大阪線沿線に友人が住んでいるので、後藤明生がこの『しんとく問答』中度々用いている大阪近鉄線は、僕も何度か利用したことがあって、「俊徳道」という駅名も確かに記憶にあったのだけれど、この「俊徳道」が「俊徳丸」に由来することは知らなかったし、折口信夫の『身毒丸*1もタイトルだけは知っていたが、それが何に由来するものなのかは知らなかった。つまり後藤明生と同じアミダクジの出発点には何度か立っていながら、そのアミダを辿ろうとはしなかったということで、そんな自分がなにやら大変な迂闊者である気がした。
それにしても後藤明生の手にかかれば、俊徳丸は百済王の末であり、相手役の蔭山長者の乙姫は新羅王の末で、河内版『ロメオとジュリエット』ということになってしまうのだから凄いものだ。

*1:寺山修司の『身毒丸』と折口信夫の『身毒丸』とは全然別物なんやね。