立花種久 『喪われた町』(れんが書房新社)

立花種久、幻の処女小説集。特に「幻の」とつくのは、これだけがどうしても入手できずにいたからで、図書館に返してしまうのが惜しいくらい。
このころから、曖昧模糊とした世界に充満する不安と喪失といった作風(こんな書き方をしてしまうのも野暮なのだが)は変っていないものの、のちのものに比べると、まだそれが徹底されておらず、変な表現ではあるが、まだ立花種久に成りきれていないように思った。例えば語り手の立場がわりとはっきりとしていることが多く、『鳥獣図鑑』などでは、語り手の母親、それもいかにも母親然とした母親まで登場してしまう。当たり前の母親なんぞが登場してしまっては、語り手もまた当たり前の範囲を逸脱することが出来ないではないか、と憤ってしまったほどで、恋人などが登場するのも語り手との関係が明示的過ぎるのでよくない、などとこのころの作者自身は、当然ながらのちの完成された(と僕が感じる)自分自身を知るはずもないのだから、こんなケチのつけ方は勿論おかしい。そんななかで、後半に収録された『ノクターン』『熱帯夜』などは、僕が思う立花種久に近く、なんだか安心してしまう。
どうでもいい話だが、『熱帯夜』のなかで、「ところが」の「と」が九十度左に傾いている誤植(誤植のうちにはいらないのかもしれないが)があった。「ところが」の「と」が、傾いているというのは、なんだか、それらしい気がしないでもない。