日野啓三 『抱擁』(集英社文庫)

舞台となる謎めいた洋館に住むのは、隠者めいた老人、柔和な家政婦、夫に失踪された女盛りの継母、自らの世界に引きこもる美しい少女、とゴシックロマン風というよりか、ほとんどエロゲの設定のようであり、語り手である「私」は当然のように継母と関係を持つ(しかしこの関係はまくまで肉体の接触に過ぎない)。そして「私」が情緒教育の家庭教師をすることになる少女、霧子は、感情を表に出さず、謎めいた言葉をつぶやく美少女であり、エヴァンゲリオン以降、マンガ、アニメに頻出するようになった感情の欠落した(ように見える)美少女(綾波タイプと勝手に呼んでいる)の祖型であるように思えた。また、館が方舟に喩えられることから、押井守の『天使の卵』というアニメ映画を想起したりもした。「私」を館に導くことになる「荒尾」という男にも、斜視という共通点の所為か、同じく押井守の『パトレイバー2』に登場する「荒川」とよく似た印象があった。
日野啓三は他に、講談社文芸文庫の『あの夕陽/牧師館』という短篇集を一冊読んだだけなのだけど、ひどく映像的だという印象があって、未読だが『砂丘が動くように』では超能力者の少年やUFOなどが出てくるらしいから、元からアニメやSFといったジャンルと親和性が高いのかもしれない。胎児となった「私」と「霧子」が抱擁するに至るラストシーンなどにも、セカイ系と呼ばれる作品と通じる要素を感じた。
セカイ系にせよ、日野啓三にせよ、あまり詳しくないので、確かなことはいえないのだが、あるいはもしかしたら、そういった流れの原点の一つに、日野啓三があるのかもしれない。