後藤明生 『汝の隣人』(河出書房新社)

全編イニシャルだらけで、どう考えても作者自身である人物もGと呼ばれる。先輩作家Kは小島信夫で、対談相手の女流作家Kは同年配とあるから、多分倉橋由美子なんじゃないかと思う。金井美恵子だと後藤明生より年下で、河野多恵子だと年上になる。女流作家と言われて思いついた三人が三人ともKだったのはなんだか面白い。編集者Tは名編集者といわれた寺田博かと思ったが、後藤明生より年下のような気がするので違うかもしれない。
名を伏されると「このTとかKとかは誰だろう?」と思い、自分でわかる範囲で当てはめてみようとする。何人か当てはまると、誰だかわからない残りのTやKも実在の人物のだろう、と思う。ただここにある種のワナがあって、名前は特定されていないのだから、このTやKは別に誰だって構わない。Gは後藤明生ではないかもしれない。Gとプラトンの『饗宴』を巡って、架空問答を繰り広げる博多の大学教授Tなどは、作中「しかし、T教授ってのは実在するのかなあ」と書かれていて、これは鈍い読者に対するサービスだろう。