井上光晴 『虚構のクレーン』

終戦直前から直後の青年たちを自由に闊歩する文体で描いた青春小説であると思った。不思議なことなど何一つ書かれていないのに、じわりと滲むような得体の知れなさがあって、被災者で満載になった車内で小便を我慢していた女がついに堪えられなくなって風呂敷に小便をしてしまうところや、朝鮮人坑夫の葬列に一銭銅貨で重しされた半紙が現れるところなどに特にそれを感じた。
玉音放送を聴く場面があり、有名な「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ」の件しか聴いたことがなかったので、インターネットのどこかで音声ファイルが拾えるかもしれないと思い検索してみたら、あっさりと見つかったので聴いてみた。
http://namaste32.tripod.com/syusen.html
この時四十四歳の昭和天皇の言葉は、全ての終わりを告げる言葉のわりに力なく、のっぺりとしていて、独特の抑揚が少し気味が悪いくらいだったのだけれど、三回ほど繰り返し聴いていると、不思議な感慨が沸いてきて、胸が詰まった。何故だかはよくわからない。この玉音を吹き込んだレコードを奪取しようとした将校たちがいたというのは有名な話で、『日本のいちばん長い日』という映画にもなっている。