後藤明生 『吉野大夫』

この吉野大夫は、京都島原の名妓吉野のことではなく、中仙道追分宿にいた無名の遊女吉野のこと。その吉野大夫について小説を書こうと試みていることが書かれる小説。冒頭にこうある。「『吉野大夫』という題で小説を書いてみようと思う。」 「『吉野大夫』について」ではなく「『吉野大夫』という題で」であるところミソなのであって、相変らずあちこちと寄り道しながら、肝心の「吉野大夫」にはちっとも近づかず、それでいて最後には見事な円環を成しているのがわかる。こういう小説が僕は大好きなので、とても面白く読めた。