古井由吉 『夜明けの家』(講談社)

一九九八年発表の短篇集。
古井由吉の熱心な読者に作者と同年代の読者はいないのではないか。それほどに読み進めるのにエネルギーがいる。かといって二十前後ではこの面白さはわかるまいとも思う。古井由吉を楽しみ得るのは二十代も半ばを過ぎてからなのではないか。単に自分がそうだったというだけのことかもしれないが、二十歳前後の奔放な想像力や疲れを知らぬかのような肉体が徐々に失われ始め、もちろん老いを感ずるというほどの歳でもないが、年齢を重ねるということはどういうことであるのか。老いとはなんであるのか。そういったことに興味を持ち始め、それでいて実際の老いにはまだ遠い年頃。そういった年頃の者が古井由吉を最も興味深く読めるのではないか。六十年の人生をほとんど勝手気ままなほどに行きつ戻りつして語られるその内には、未知のものと既知のものとが入り混じる。文章は老獪で(『槿』の頃に比べると平易で軽妙ですらあるが、あくまで比較してのこと)、構成は壮年の巧さを持ち、若さ溢れる奔放な想像力で彩られている。参りました。降参です。堪忍したってください、といった塩梅。

夜明けの家

夜明けの家