芥川龍之介『蜜柑』(『蜘蛛の糸・杜子春』新潮文庫)

オレンジ色がとめどなく広がる『ミルク色のオレンジ』のラストシーンに、芥川龍之介の『蜜柑』を思い出したりしたので、本棚から引っ張り出してきて読み返してみると、『ミルク色のオレンジ』がどこか平面的、絵画的であるのと対照的に、『蜜柑』のほうは、きわめて動的であり、汽車に乗り込むところから始まり、常に何かが動き移動して、ただ語り手である「私」だけが「檻に入れられた子犬」のように疲労と倦怠を感じたままでどんよりとくたびれている。その「私」が、快く思っていなかったはずの「小娘」が放り投げる蜜柑を見て、あっと心動かされる。
なるほど上手いもので、これほどの技巧を誇りながら、『或阿呆の一生』『歯車』に辿りつき、ついには自殺してしまった芥川の心のうちの変化はどのようなものであったのか、今更ながら少し興味を持ったりした。