キャットウォーク

買い物へ行く途中以前にも書いた猫溜まりの堤防に相変わらず猫がいたので、しばらくぼんやりと眺めていた。
数は以前よりも少なく、堤防の下りのところに三匹、橋の脇につけられた点検用らしき通路に三匹の六匹がいるだけだった。猫がいる通路は大人一人が通るのがやっとのような狭いもので、なるほどキャットウォークとはこのことか、と変に感心する。その通路のほうにいる一匹が、執拗に自分の尾っぽを舐めたり噛んだりしているのを見ていると、背後で車の止まる気配がして、男女の声がこちらへとやってきた。「ほら、ぎょうさん猫おるやろ」とそういう男の声は明らかに中年の男のもので、「ほんまやねぇ」と応える女の声緒は、男の妻というには若く、娘というには歳を取りすぎたような印象で、いわゆる同伴出勤というやつだろうか、と思うも、おねーちゃんがいるような店には行ったことがないのでよくはわからない。
不意に、通路のほうにいた尾っぽを舐め続けているのとは別な一匹が立ちあがり、通路を向う側へと歩き始めると、女が声をあげた。
「ひやーあんなところ歩いて怖くないやろか」
「怖いも怖わないも、あれくらいの高さやったらくるくる回って無事落ちよるわ」
そういう男の声は何故だか知らないが自慢げで、腕を組んで、ふふんと鼻をならす様子が思い浮び、高さは大丈夫だとしても、下が川では着地もままならぬのではないか、とそう思ったのだけれど、丁度猫が歩いているあたりの下は、橋脚がある為か草地の中州になっていたのだった。いや、しかし下が草地であったとしても飛び降りるにはいささか高いのではないかと、そんなことを考えているうちに、猫は通路から身を乗り出し、下の方を窺うようにして、ぱっと飛び降りた。
男と僕は同時に、あ、っと声をあげたが、猫は橋桁から僅かにはみ出ていた橋脚の柱頭に移っただけだった。ややあってから、「あそこになんか隠しとるんやで」と男はいい、女は「あんな怖いところに何を隠してるんやろか」と応じていた。
その会話を聞いて、何故だか猫にも男女にも興味を失った僕は、止めておいた自転車に跨り橋を渡ると、スーパーへと向かった。結局男女の顔は見ないままだった。