保坂和志 『季節の記憶』(中公文庫)

よつばと!』と設定がよく似ているというのは前に書いた通りなのだけれど、読み終えての感想はだいぶ違って、『よつばと!』があくまでよつばを見守る客観的でイノセントな視点に立っているのに対して、この『季節の記憶』では、クイちゃんのパパである「僕」の視点で書かれていて、主観的である分ある種の傲慢さが見え隠れしている。「僕」のまわりには「僕」が肯定出来る人物しかおらず、平凡な主婦であるナッちゃんなどは「僕」と思考があわないがために、随分と否定的に書かれている。平凡を平凡なまま受け入れる視点がそこにはなく、質素な生活をあるがままに描写しているようで、ここで描かれている世界はわりと歪だ。たとえば「僕」のまわりにいる大人は誰も煙草を吸わない。僕自身は煙草を吸わないのだけれど、実感としては煙草を吸わない人間よりも、煙草を吸う人間のほうが圧倒的に多い。しかし歪なのがいけないと思うわけではなく、その歪さやある種の傲慢さも含めて面白く感じた。作品世界そのものに関しては『よつばと!』の世界のほうが好きなのだけれど、ここ数年読んだ最近の作家(というほどこの作者は若くはないようだけれど)のなかでは一番興味深かったかもしれない。

季節の記憶 (中公文庫)

季節の記憶 (中公文庫)