田中小実昌 『ポロポロ』(中公文庫)

田中小実昌はチャンドラーの訳者としてしか知らなかったのだけれど、『ポロポロ』はなんだか凄い、という評判をどこぞで小耳に挟み読んでみたら、なんだか凄かった。 ストーリーらしいストーリーはなく、入隊後五日で中国戦線に連れて行かれ、アメーバ赤痢に罹り、戦闘など一度も経験しないまま下痢ばかりしていることの反復なのだが、戦後数十年経て、記憶はあやふやになっており、その反復も「これは本当だろうか」「これはぼくがつくった物語ではないだろうか」と宙づりにされ、どっちつかずの物語以前のなんだかよくわからないものになってしまう。そんななんだかよくわからないものをなぜ面白いかと思うのかは、とても説明できないのだけれど、面白く思ってしまうのだからしかたがない。
今は無き文芸誌『海』に掲載されていたそうで、『海』というのはつくづく凄い雑誌だったのだな、と思う。筒井康隆の『巨船ベラス・レトラス』に出てくる前衛文芸誌『ベラス・レトラス』のモデルはもしかして、この『海』なんじゃないだろうか。


追記
河出文庫版の表紙がひどい。

ポロポロ (河出文庫)

ポロポロ (河出文庫)