後藤明生 『使者連作』(集英社)

書簡体の九編からなる連作で、実名があがられている人物が実在するのは確認出来たけれど、イニシャルだけの人物は実在するかどうかわからない。
手紙はすべて韓国旅行中の体験に関するもので、後藤明生と韓国はいささか複雑な関係にある。後藤明生は日本統治時代の朝鮮永興に産まれた。永興は現在の北朝鮮に位置する。つまり韓国は後藤明生にとって生れ故郷と地続きである別の国ということになる。このある種のディレンマが虚実の判別の尽きがたい手紙と相俟って、断片的に見れば瑣事ともいえる事柄しか書かれていないのに、作品全体としての多層性を生みだしているのが実に後藤明生的。金鶴泳の自殺を挟んで、手紙の主の興味が韓国のシャーマニズムに移っていくのも、また後藤明生的アミダクジ式展開で面白い。タイトルにある「使者」とはこのシャーマニズムに関するもので、あの世からの使者のことで、虚実のわからぬ手紙は、このあの世からの使者に似ていると思う。
さりげない筆致の中に複雑な構造を隠し持っているわけで、それがよくわかる(というのもちと烏滸がましいが)のも、僕が後藤明生をそれなりに読んできたからで、この経験がなければ、この構造にはまるで気づかず仕舞いだったかもしれない。それはつまり今まで読んできた他の作者の他の作品の中にも、僕が気づかなかった「なにか」が数多くあっただろうということで、小説の奥深さを改めて知る。

使者連作

使者連作