芥川賞候補作を読む

普段同時代の文学をほとんど読んでいないので、このような企画を行うのは僕には不向きだったなぁと思うのだけど、一応全部読んだので感想を記してみたい。

ということで以下長くなるので続きを読むで。




円城塔オブ・ザ・ベースボール』(文學界六月号)
今回の六作の中では一番面白く読んだ。ストーリーらしいストーリーはなく、無意味で空虚ともいえる不条理な設定の中で、主人公がある種の職業倫理を持っており前向きであるのに好感を持つ。現状をシニカルに捉えつつも否定的ではないところなどハードボイルド的で面白い。架空の職業に対しての無意味なまでのペダンチックなうんちくの傾け様に押井守の『立喰師列伝』を連想したりする。

どうでもいいことだけど「すべからく」の誤用が一箇所あった。「確信犯」とか「恣意的」と同様に、本来の意味から離れて使っても別にイイジャンってことに最近はなってるのだろうか。

文学界 2007年 06月号 [雑誌]

文学界 2007年 06月号 [雑誌]


川上未映子 『わたくし率 イン 歯ー、または世界』(早稲田文学0)
言葉の魅力を今回の候補作の中で一番感じた。女町田康といった感じ。ただ全体的に冗漫で取り散らかっていて、本来ある言葉の魅力をストーリーや構成に阻害されているようにも思うので、完成度という点では一番低いかもしれない。語り手である女が青木くんの恋人の罵倒されるシーンはなかなか痛快で、この罵倒の対象を他の文学少女全般、女流作家などにまで拡大してしまうのは穿ち過ぎかもしれないけれど、なんだかそんなように思えてしまった。
今後大化けする可能性は結構あると思う。

ちなみに作者の川上未映子さんは写真で見る限りかなりの美人である。


柴崎友香 「主題歌」(群像六月号)
保坂和志の『プレーンソング』を読んでいて途中でなんだか気持ち悪くなってしまい放り出してあるのだけれど、それと同種の気持ち悪さを感じた。語り手にとって不快な人物や出来事が周到に排除されており、読み手である僕の中で作品世界が歪んでいき、有り得ないファンタジーのように思えてしまった。別に小説の主人公は艱難辛苦に耐えねばならないと思っているわけではないのだけど、嫌なものや不快なものも、それはそれとして肯定してしまえるのが本当の前向きさであると思う。その点『グレート生活アドベンチャー』の脳天気で考えなしの全肯定の方が僕には好ましく思えた。

ただ描写や文章の技巧は抜群にあるので、受賞するならこれなんじゃないかなと思う。

群像 2007年 06月号 [雑誌]

群像 2007年 06月号 [雑誌]


諏訪哲史 『アサッテの人』(群像六月号)
期待して読み始めたのだけどまったくの期待はずれだった。全体的に作為に満ちすぎていてうんざりしてしまう。肝心の叔父さんの魅力がまるでなく、叔父さんの奥さんである朋子さんを語り手として書いたという語り手の小説部分も、語り手がいうような女性的な文章にはなっておらず、すね毛の生えているような文章に思えた。それぞれのパートが独立して一編の短編としても読めるぐらいでないとこういった複雑な構成にする意味がない。また語り手が何故この『アサッテの人』を書かねばならなかったのか、その動機が全く見えてこない。普通作者がその小説を書く動機というのは気にする必要はないと思うのだけど、作中に語り手が作者として登場している以上、その作者は作者であると共にその小説の一登場人物でもあるわけで、単なるナレーターとして以上の興味を読者に与えるような人物でなければならないと思う。

この作者に次はないな、というのが正直な印象。

群像 2007年 06月号 [雑誌]

群像 2007年 06月号 [雑誌]


前田司郎 『グレート生活アドベンチャー』(新潮五月号)
作中にRPGを取り込んでいるわりに、思ったほどそれが生かされおらず、もっと色々工夫の仕方があったのではないかと思う。ただ短期間ながら僕も似たような生活を送っていたことがあり、共感するとこは多々あって(僕はゲームはしなかったが、相手の本棚にあった『十二国記』をひたすら読んでいた。なんだかよくわからない少女漫画もだいぶ読んだ。ただそれも二十歳くらいの時だったから三十になってもこうじゃさすがにいかんよねぇとは思う)、この脳天気さは好ましかった。こういった状況にある時に、一端何かを否定的に捉えてしまうと、芋づる式に自分のまわりにあることすべてが否定的に裏返っていってしまって、自分の居場所をなくしてしまう。勤勉な人からみれば単なる怠惰に思える生活の裏にはどうしようもないくらいの切実さがあって、それ故に脳天気に為らざるを得ないのだ。

新潮 2007年 05月号 [雑誌]

新潮 2007年 05月号 [雑誌]


松井雪子アウラ アウラ』(文學界三月号)
まったく面白くない。想像妊娠の子をオカルト的な方法で出産するという段になって、ほんとうに産まれちゃったら面白いな、と思ったのだけど、そうはならずになんだかぼんやりとしたまま終わってしまう。

文学界 2007年 03月号 [雑誌]

文学界 2007年 03月号 [雑誌]


個人的に順位をつけるなら

1 『オブ・ザ・ベースボール
2 『わたくし率 イン 歯ー、または世界』
3 『グレート生活アドベンチャー
4 『主題歌』
5 『アサッテの人』
6 『アウラ アウラ

という具合になり、受賞ということを考えると(あまり傾向わかってないのだけど)

1 『主題歌』
2 『グレート生活アドベンチャー
3 『オブ・ザ・ベースボール

という感じなんでないかなぁ。


小説は自分の好きなものを好きなように読むのが一番で、選考委員も含めて仕事で小説読むというのは実に大変な作業なんであって、よくあの選考委員はトンチンカンだ! と書く人がいるけれど、自分の好きでもない小説を無理やり読まされてばかりいると、トンチンカンになってしまうのもしかたないんじゃないの、なんてことを思ったりした。そんなことを思ってしまうのもたった六作読むのが僕にとって大変だったということなんだけど、自分の好き嫌いを確認することが出来るので、年に一回くらいこういったことをしてみてもいいかなとちょっと思った。いやいや芥川賞って半年に一度あるのだよ。半年に一度はきついなぁ。