クリストファー・プリースト 『奇術師』(ハヤカワ文庫)

面白かったです。以下ネタバレ(若干『魔法』のネタバレ含む)。



『魔法』を先に読んだのは失敗だったようで、こういうことをする作家だという予断が大いにはいってしまって、作中の仕掛けにことごとく引っ掛からず、逆に見破れたのは簡単な仕掛けだけで、もっと大きな仕掛けがあるんじゃないか、と思うのだがよくわからない。
『魔法の黙認契約』について大袈裟に書かれていることから、叙述トリックの存在が仄めかされているように感じ、瞬間移動が二人の奇術師の得意な演目であることは裏表紙に書いてあり、第一部に双生児が重要なワードとして出てきたことから、第二部に仕掛けられた叙述トリックとは「双子」の存在を隠すことじゃないのか、ということはすぐに気づく。69ページの「わたしともうひとりの徒弟は」という記述の「もうひとりの徒弟」が双子の兄だか弟だかだろう。この辺りまではまだ「この程度じゃ引っ掛かりませんよ」とニヤついていられたのだけど、77ページの「こんなことはなにもわたしは言ってないぞ!」あたりから、あからさまにもう一人の記述者が混在してきて、この手記が二人の記述者により書かれていることは、完全に明白なものとなってしまっており、この時点でアルフレッド・ボーデンの瞬間移動のトリック=双子の入れ替わりというのはミスリードであって、ひっくり返されるのだろうと思った。だいぶあとになってルパート・エンジャの日記にて、「わたしに兄弟はいない」「わたしはひとりだ」とアルフレッド・ボーデンがいうことから、双子説は最後に、おそらくはアンドルー・ウェストリーによってひっくり返されることになり、半幽霊となり、一時はアルフレッド・ボーデンに勝利したと思っていたルパート・エンジャが、半世紀以上経ってから、真相を知らされ、愕然とする、そういうラストだろうと思ったのだがそうはならなかった。そうはならなかったのだが、「わたしに兄弟はいない」「わたしはひとりだ」という台詞がどうしてもひっかかるし、アルフレッド・ボーデンの手記のパートは、自筆の手記ではなく、あくまでも出版されたものであることから、記述者が都合の悪い事実を伏せており、なおかつ編纂者(この場合はルパート・エンジャ)が改竄していることも考えられるので、二重に信頼のおけないテキストであるので、15章での双子であることをほとんど認めるかのような記述も信用できない。そもそもこの手記自体がルパート・エンジャの手に渡ることをあらかじめ想定された罠かもしれないのだ。つまりアルフレッド・ボーデンがルパート・エンジャに双子説を信じ込ませたように、読者もまた作者により双子説を信じ込ませられており、どこかに巧妙に双子説の否定が仕掛けられているのではないか、いや、仕掛けられているべきだ、と思うのだが、よくわからない。
奇術素材の正体も当初伏せられているが、テスラの実験の際にすでに、この装置が物質転送装置というより、物質コピー装置であることが明確に書かれているから、すぐに推察がつき(まるで埋葬のような奇術素材の処理の仕方と金貨云々という大きなヒントもある)、一度死んだはずのニッキーの謎もこの時点で解けてしまい、謎はなんにもなくなってしまう。しかしこの時点では冒頭の教祖の多重存在云々が絡んでくるかもしれず、双子説は否定されるものだと思っており、謎が全部解けたとは思っていなかったから、教祖も結局関係なく、双子説も否定されずで、拍子抜けしてしまった。アンドルー(ケイト)パートは分量的に少ない上、どちらもいささか利己的で感情移入し難いキャラクターであることも拍子抜け感を増大させているように思う。
以上のことから、二人の奇術師のすれ違いの恋のような人生の絡み具合は確かに面白いのだけれど、それがメインならばもっとシンプルな書きようがあったはずで、変に読者へのトリックがあると構えてしまったのがいけなかったのかもしれないが、それほどの傑作とも思えず、何かもっと大きなことを見逃していそうなんだけれど、詳細なネタバレ感想も見つけられなかったので、なんとももやもやしてしまっている。できれば、読んだ人と詳細な感想の交換をしたい。

付記
他のパートが全て書き手が作中人物なので、第三部の書き手も作中人物にいるのかもしれないというのもちょっと気になっている。ケイトだとすると途中から三人称になるのが不可解。アンドルーがケイトに聴いた話をもとに小説風に書いたということだろうか。